住まい、棲み家-KB邸7
お盆は、親戚などの交流の機会、一種の家族のイベントでもある。
そのお盆休みも今日まで、ちょっと雑感などを。
家族が対外的に行う一番大きなイベントが、結婚式と葬式。
次に、法事や地元の祭礼、お正月の行事など。
結婚式は、今は家で行うことはほとんどない。
結納の儀式はすることもあるかもしれないが、
その後の宴は、どこかの料理屋を借りて、ということになると思う。
お葬式の方は、この地方ではまだ自宅で出すことの方が主流。
二十歳過ぎのヒヨッコ設計士の私に、父は
「輿(コシ-棺を親族で運ぶための道具)が通らんような家の間取りではあかんわい」
と、田舎の家の図面を書くときによく言ってました。
床の間の前に置かれた棺を、親族が両側から支えて外へ持ち出すには、
少なくとも1間の巾が外部まで続いてなければならない。
田舎でも間取りの関係で縁側から棺を出す場合もありますが、
できれば最後の旅立ちは玄関から出してあげたい。
学校で、「家族が快適に暮らせる合理的な家」が金科玉条のように教えられてきた私は、
「死んだモンより生きているモンのために作るべき」と、心の中で大いに反発したものです。
近頃はそんな図面をほとんど書いたことがなく、久しぶりに昨年、KB邸という、
8帖+6帖に仏間・床の間が付く、二間続きの座敷を持つ住宅を建築しました。
床の間を正面に、座敷8帖、次の間6帖。
その次の間に接する玄関とは、1.5間4枚立ての建具で接し、玄関は1間引違のサッシ。
お葬式の時、建具を全て開け放てば、玄関に焼香台が置かれて、
床の間の前にある祭壇が、ちゃんと正面方向に見え、拝むことが出来るように、
作りました。父の言葉をきれいに守った間取りです。
施主さんは、「二間続きの座敷は、必要」とは最初に言われましたが、
私がそういうことに気を配っていたのをご存知だったのかどうかは確かめていません。
私と同年代のお施主さんは、田舎の本家筋の長男さん。
多分、阿吽(あうん)の呼吸だったとおもいます。
(設計打合せの場でお葬式などの話題ははばかられます)
基本的に打合せは、LDKの使いやすさや、主要な部屋を出来るだけ南に並べる
などという、今の住宅の快適性についての話題がほとんどでしたので。
そんな図面を久しぶりに書いて、
今までは、「住まい」じゃなくて、快適ではあるけれど「棲み家」
を作ってきたんだと、感じました。
昔のちゃんとした家は、家の中に、イベントが出来る装置が備わっていました。
座敷、五客・十客揃えの、皿椀鉢物や漆塗りの脚付きのお膳、座布団
季節や行事毎に取替えられる掛け軸。
そんな、装置と小道具によって、ハレの舞台が作ることが出来る。
そういうこと全体が「住まい」なのではないか。
「居住まいを正す」という言葉の中に含まれる「住まい」という感覚を
もう少し現代の家に取り入れる必要があるのではないか。
家は、家族だけのもの、付き合いの場は全て外部の専門的な場所へという
現代の生活形式の潮流に一抹の寂しさを感じました。
この頃コマーシャルにある「現代のLDKにも似合う、イタリア家具調のお仏壇」は、
「棲み家」の方に家の仏様が擦り寄った感じで、どうも違和感があります。
こんなことを書き連ねていると、嫁さんから
「いつも、家のことホッタラカシやのに、ようそんなこと言えるわ、
家で行事ゴトするとどんな大そうなことになるか、男の人はわかってヘン」
と、言われそうですが・・・
その嫁さんが楽しく出来る何か。
招待される側ではありましたが、先日の楽しかったおよばれなどは、
新しいコミュニケーションの場としての住まいや暮らし方のヒントがあるような気がします。
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