古い建物は、立派である?(H14.2.24)(H18.5.3加筆)
そんなことはありません。
その当時の、その建物の建築主が差配できる知力と労働力と財力
それを見事に結集できた建物だけが
時の流れに押し流されず、今に残っているだけのことです。
200年後には、現代建築のどの建築物が、
歴史的建造物となっているのでしょうか?
古い町並みも同じです。何百何千の町から、良いものだけが残っているだけのことです。
アパートでも、千里ニュータウンは、誰も残せとは言わないでしょうが、
青山同潤会アパートはそれよりもっと古いのに、保存問題が話題になっていました。
(現在、デベロッパー森ビル+設計安藤忠雄で、表参道ヒルズに衣替えしました)
もう一つ、景観のことで。(日本でも外国でも、昔のきれいな町並みのことで)
永六輔さんの「無名人名語録」の中に次のような文がありました。
一里四方のものを喰ってりゃいいんです。
遠くから運んでくるものを喰うようになってからですよ、
喰いものが安心できなくなったのは。
過去の「良い」(ここにも多くの論点はあるとは思いますが)
景観を構成する町並みの素材や作り手は、全て近場で調達されていて、
それが調和をもたらしている大きな要素かな、と思います。
その意味で、作り手として現場(見えるもの、見えないものを含めて)を観察するのは非常に重要な要素だと思います。
狂牛病問題もあって、過去に読んだ本の一節を読み返してみました。
この文は、現代文明の良さが、同時にひずみにもなっているということを、
端的に手触りの感覚で表していて、とても感銘を受けた一文です。
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